2017-10

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「SPRING WALTZ-ドラマで描かれなかった空白の15年」改訂版 by mkmさま

SPRING WALTZ  -ドラマで描かれなかった空白の15年-

 スホはミョンフン、チスクと共にカナダの地に降り立った。空港内の案内表示にハングルなどあろうはずもなく、右も左もわからなかった。チスクがスホの手を片時も離さず、何かと世話を焼いてくれるので言われたとおりにしていればよいのだが、それでも青い目の入国審査官にじっと見つめられて、スホはすっかり怖気づいてしまった。
「さあ、チェハや。お家に帰りましょう。」とタクシーに乗せられ街に入ると、そこは全くの別世界だった。看板や標識は全部横文字だし、街路樹も韓国では見たことのないものだった。空の色も違っていた。道行く人は韓国ではあまり見かけなかった外国人ばかり。タクシーの運転手とミョンフンが話す言葉は、スホにはさっぱりわからなかった。何もかもが韓国とは違っていた。
 家に着いて荷物を降ろしていると、スホはいきなり誰かに抱きつかれた。それはスホと同じ年頃のカナダ人の男の子だったが、その子がニコニコしながら早口で話す言葉も全くわからず、返事もできず、スホはただ途方に暮れた。ミョンフンがその子に何か耳打ちしてくれて、男の子は「バイバイ!」と手を振って帰って行った。その子はチェハと仲の良かった友だちだと後になって知ったが、その時は知る由もなく、訳が分からず狐につままれた様な気持ちでスホは家の中へと入った。

 スホは生前のチェハが使っていた部屋を与えられた。ベッドに机、タンスに本棚が置いてあり、本棚には韓国語や英語の本が詰まっていた。一人になってスホはようやく一息つくことができたが、それでもまだ落ち着かなかった。その部屋はスホがそれまでに泊まったどんな部屋よりも広かったし、部屋の造りも韓国とは違っていた。ウニョンから途方もなく遠く離れてしまったのだとスホは思った。ウニョンの手術は無事に終わったのだろうか? ウニョンはもう目を覚ましたのだろうか? 手術に付き添ってやれなかったことを怒ってるんじゃないだろうか? スホはウニョンにもらった虹の貝殻をそっと取り出して胸に抱いた。これをくれた時のウニョンの笑顔やスホの腕にニコニコマークを描いて「お兄ちゃんが不良でも嘘つきでもアメリカ帰りじゃなくてもかまわない。お兄ちゃんが私のお兄ちゃんならそれでいい」と言った時のウニョンの顔が浮かんできた。「ウニョン、待ってて。僕はすぐに帰るから。だから必ず生きてて。」スホは祈るように呟いた。その時、「チェハや、ごはんよ。いらっしゃい。」とチスクが呼びに来た。スホは慌てて虹の貝殻を隠して、チスクに連れられ食堂に向かった。

 スホがミョンフン達と過ごすようになって一週間ほどが過ぎた。「チェハ」と呼ばれることも、ミョンフンとチスクを「お父さん、お母さん」と呼ぶこともしっくりこなかった。他人のお面を被って生活しているような奇妙な感覚をスホはずっと抱いていた。英語がまったくわからないので学校に行くことはできず、一日の大半をチスクと二人で過ごしていた。チスクはスホを自分の手の届く所に置いて世話を焼くのがうれしくてならないように、食べる物から着る物に細々と気を配り、早く学校に行けるようにと英語の特訓までしてくれた。
 
チスクが元気を取り戻したことに、ミョンフンはひとまず安堵していた。まだ多少やつれてはいたが、目には光が宿り、生き生きしていた。しかし、彼はチスクのように新しい息子に夢中になることはできなかった。スホを見るたびに亡くなった息子を思い出した。   彼らの一人息子はラフティング中の事故で亡くなった。息子をラフティングに誘ったのは彼自身だった。日頃からチスクが何から何まで息子の世話を焼き、自分の思い通りにさせていることが気になっていたが、ピアノだけでなく何かスポーツもさせてみては、と提案しても、「手にケガをするとピアノが弾けなくなるから」と、妻は頑として受け付けなかった。キャッチボールすら許されなかった。そんなある日、テレビで紹介されたラフティングにチェハが興味を示し、「やってみたい」と目を輝かせた。戸外で日の光を浴び、風に吹かれることも子どもには大切だから、いろんな体験をすることが人間の幅を広げるから、と渋るチスクを二人がかりで説き伏せて、ミョンフンとチェハは同じ船に乗って川を下ったのだった。初めての体験にチェハは大喜びだった。水しぶきを浴びてははしゃぎ声をあげ、船の予想外の動きに驚きながらもそのスリルを存分に味わい、「すごいね、お父さん。すごいね!!」と声をあげていたのだ。ところが…。突然、船が大きな岩にぶつかってバランスを崩し、乗っていた人は皆、川の中に投げ出された。そしてチェハは運悪く岩で頭を強打したのだ。ミョンフンも一度は水に沈んだが、岸から伸びていた枝につかまって助かった。しかし、チェハは病院に運ばれたものの、懸命の手当ての甲斐なく一度も意識を取り戻さずに亡くなってしまった。
どんなに悔やんでも悔やみきれるものではなかった。何故、自分ではなく歳若い息子を神は召されたのか。代われるものなら代わってやりたかった。自分も息子のそばに行きたかった。これまで親としての愛をすべて注いで育ててきた一人息子なのだ。いつも明るく優しい息子だった。心から愛しかわいがり、息子もまた父である自分を慕ってくれた。かけがえのない息子だった。でも自分が息子の後を追ってしまったら、妻も間違いなく生きてはいまい。実際、チェハが事故に遭ってからのチスクの取り乱し方は尋常ではなく、チェハが亡くなったその日にチェハの枕元で手首を切ったのである。発見が早かったので大事には至らなかったが、とても共にチェハの葬儀を行える状態ではなかった。まずはチスクの気持ちを落ち着け、チェハの死を受け入れられるようにしなくては。そう考えたミョンフンはチェハの死を伏せたまま密かに息子を荼毘に付し、職場には「意識を取り戻した息子の精神的ショックを癒すため一時帰国したい」と偽りの休暇願を出した。そして退院した妻と共に韓国に戻ったのだが、ソウルに着いたその日にチスクは再び手首を切った。妻を病院に運び込み、何とか一命をとりとめたものの、ミョンフンは身も心も疲れ果ててしまった。妻を立ち直らせることはできないのだろうか、という絶望感が彼を襲っていた。そんな時、死んだ息子に生き写しの少年が妻の病室に迷い込んできた。妻は息子が戻ってきたのだと信じ込み、その少年を離そうとしなかった。ミョンフンは「少しの間だけ」と約束し、その少年の望みを叶えてやって、自分の子どもとして連れ帰ったのだった。
「しばらくはチスクの好きなようにさせてやろう」とミョンフンは考えていた。しかし、元気を取り戻した妻の姿に安堵を覚えながらも、亡くした息子への申し訳なさが消える訳はなかった。それどころか実の息子のことを忘れたように連れてきた子どもの世話を焼く妻を見ると、息子にすまないと思う気持ちは一層強くなった。目の前にいる子どもは顔かたちこそ我が子に生き写しだが、「お父さん!」と自分に飛びついてきた息子ではなかった。その日の出来事を楽しそうに報告してくれた息子ではなかった。チスクとは正反対に、ミョンフンはスホを見る度に、自分の子どもがもうこの世にはいないという事実を突きつけられ、胸をかきむしられるような痛みを覚えた。そして、その悲しみを妻と分かち合えないことが、ミョンフンの孤独を一層深いものとしていた。

そんなある日、ミョンフンは上司に呼ばれた。
「君、すまないがオーストリアに行ってくれないか」
「は? オーストリアですか?」
「ウィーンの大使館にいる君の同期の朴君が急病で緊急帰国することになって、人手が足りないんだ。経験や実績から考えると君しか適任者がいないんだよ。息子さんの事故からまだあまり日が経っていないし、また別の国にというのも大変なことだとは思うが、何とか考えてもらえないだろうか。」
「わかりました。帰って家内と相談してみます。」

形の上では返事は保留としたが、ミョンフンはこの話に飛びつきたい思いだった。オーストリアにチェハのことを知っている韓国人駐在員はいなかったので、“替え玉”が発覚する心配はなかった。近くに住む同僚に「最近、チェハ君のピアノが聞こえませんね」と言われ、「まだ事故のショックが残っているみたいで…」と話してはいたが、いつまでもごまかせるはずもなかった。チスクもこの転勤話に異存はなく、スホは二人に逆らえるはずもなく、オーストリア・ウィーンに引っ越すことになった。


ウィーンは歴史を感じさせる落ち着いた街だった。ウィーン郊外に住むことになったスホは晴れて学校に通い始めた。ドイツ語ができないだけでなく、基礎学力がほとんど身についていないので、勉強ではひどく苦労した。学校でチンプンカンプンの授業に耐えた後、家ではドイツ語、英語の個人レッスンの他、亡くなったチェハが使っていた教科書でチスクが各教科の基礎を教えてくれるので、スホは大忙しだった。しかし勉強することは面白かった。今まで知らなかったことを教わるのは、とても新鮮な喜びだった。元来スホは利口な子どもだったし、教わったことを乾いた大地が水を吸うように覚えていった。

忙しい一日が終わって、夜自分の部屋で一人になると、スホは毎晩虹の貝殻を取り出した。それは「チェハ」という偽りの仮面を脱ぎ捨て、本当の自分に戻れる貴重なひとときだった。「ウニョン、」とスホは虹の貝殻に向かって、その日の出来事を話し始めた。その日にあったこと、習ったこと、見たもの、スホにはウニョンに話したいことがたくさんあった。間違いなく自分は今外国にいて、ウニョンが今まで想像したこともないような経験をいっぱいしているのだ。ウニョンは今どうしているのだろう?手術が成功して、元気になったのだろうか…?
スホにとって、ウニョンは「かわいい妹分」というだけの存在ではなかった。ウニョンはスホのことを本当に必要としてくれたただ一人の人間だった。物心ついた時に母は既になく、父親は自分をかわいがってもくれたがいつ何時自分を置き去りにして姿をくらますかわからない、ほとんど頼りにならない男だった。友達もなく、父親すら信じられずにいたスホを、心から信じ慕ってくれたのがウニョンだった。自分は島を出てソウルに戻ることしか考えていなかったのに、ウニョンは「お兄ちゃんがずっと家にいてくれますように」と祈ってくれた。海で溺れたふりをした自分を助けようとして倒れてしまったウニョンを見た時、スホは何があってもこの子だけは裏切れない、ずっとウニョンを守って生きるんだと心に決めた。ウニョンの明るい笑顔は暖かな春の日差しのようにスホの心を温め、幸せな気持ちにしてくれた。それはスホが生まれて初めて知った、生きている喜びであり安らぎだった。だからウニョンを助けたい一心で、スホはミョンフン夫妻について来たのだ。何よりウニョンに生きていてほしかったし、自分の父親のせいで手術代ばかりか命までなくしたウニョンの母に少しでも償うためには、他に方法がなかったのだ。
韓国を出てもう一ヶ月以上経つのに、ウニョンの消息がつかめないことにスホは苛立ちを覚えていた。一度思い切ってミョンフンに尋ねてみた時には、「そうだな、近いうちに問い合わせてみよう」と答えてくれたのだが、さっぱり返事が返ってこなかった。彼らの息子の役を演じるのはチスクが元気になるまで、という約束だったが、スホの目にはチスクはもう十分元気に見えた。病院にいた時のようなうつろな表情はすっかり消え失せ、毎日生き生きと家事や自分の世話をこなしていた。
「お父さん、もうお母さんは元気になったよね。僕、もうソウルに帰ってもいいでしょ?」と昨日も尋ねてみたが、
「いや、まだまだだよ。お前がいてくれるからお母さんは元気でいられるんだ。お母さんが本当に元気になるまでには、まだまだ時間がかかるんだよ。」
「まだまだって、あとどれくらいですか?」
「さあ…、半年か一年か。」そう言うとミョンフンは部屋から出て行った。
半年か一年…。スホは気が遠くなった。ウニョンは自分を待っていてくれるだろうか?自分を許してくれるだろうか? スホは深いため息をついた。そして、「ウニョン、ごめん。必ず帰るから待ってて。」と虹の貝殻に話しかけた。

ある日、チスクはスホをピアノの前に座らせた。「さあ、弾いてごらんなさい。あなたのピアノよ。久しぶりのお稽古ね。」そう言われても弾けるはずはなく、スホは手当たり次第に両手で鍵盤を叩くしかなかった。翌日からピアノの個人レッスンも始まった。「このおばさんの息子の役をするって、こんなことまでしないといけないの?」スホはいささかうんざりしたが、チスクに逆らうことはできなかった。「おばさんが早く元気になりますように。そして早く韓国に帰れますように。」そう祈るしかなかった。

自分でも意外だったが、何とか曲らしいものが弾けるようになった頃、スホはピアノを弾くことが好きになっていた。彼は演奏を通して自分の思いを表現することを知った。楽しい曲を弾くと、ウニョンと仲良く過ごした懐かしい日々を思い出して心が浮き立ち、悲しい曲を弾くと、ウニョンに会えない寂しさ、ウニョンのためとはいえ彼女を一人病院に残してきてしまったことへの申し訳なさを幾分でも癒すことができた。スホの心の奥に秘めた誰にも明かせない思い。それを吐き出す術をやっと見つけたのだった。
いつしかスホは勉強以上の時間をピアノの練習に割くようになったが、最低限度の勉強さえしておけばチスクは何も言わなかったし、かえってスホがピアノに熱中するのを喜んでいるようだった。
ある日、スホのピアノ教師がチスクに言った。「この子は技術的にはまだまだですが、何と言うか、この子のピアノには聞く人の心に訴える何かがあります。技術は練習次第で磨けますが、これは教えてできることではありません。習い始めが遅かったのは残念ですが、これからが楽しみですね。」チスクがこれを聞いて有頂天になったのは言うまでもなく、それ以来、家で有名なピアニストのCDをかけたり、スホを度々コンサートに連れてくれるようになった。我が子をピアニストに、というのがチスクの夢だった。一度は失ったと思ったその夢がもしかしたら叶うかもしれない。その思いがチスクに途方もないエネルギーを与えた。  


ウニョンが泣いている。青山島の丘の上で、沖へと出て行く船を見て泣いている。「ウニョン、僕はここだよ!」と大声で叫んでも、その声はウニョンには届かないようだった。スホは菜の花畑を突っ切って、ウニョンの所に行こうとしたが、丘に着いた時ウニョンの姿はもうそこにはなかった。「ウニョン、ウニョンどこにいるの?」スホはウニョンを探し回った。かくれんぼした菜の花畑、お祈りの石塚、ウニョンの家、海岸。いつの間にかスホはソウルの市場に来ていた。どの店を探してもウニョンは見つからなかった。最後にウニョンの病室に飛び込んだが、そこも空だった。「ウニョ-ン!!!」と叫んだ自分の声で、スホは目を覚ました。汗びっしょりだった。最近スホはよくこの夢を見た。夢の中でウニョンはいつも泣いていた。僕はここにいるよって知らせたいのに、そしてウニョンを笑わせたいのに、探しても探してもウニョンには会えなかった。
もう夏も終わろうとしていた。ミョンフンには再三ウニョンの消息を尋ねていたが、「手紙を出したが、まだ返事が来ない」の一点張りだった。
「じゃあ、もう一度出してください。手紙が届かなかったかもしれないでしょう?そうだ、返事が来ないんだったら電話は?病院に電話をかけたらわかるでしょう?」
「お前、そんなこと言ったって、時差があるから難しいんだよ。」
「お願いだから調べてください。ウニョンは元気になったんですか?お父さん、お願いですから」
スホは必死だった。病院の住所も電話番号もわからないスホはミョンフンに頼むしかなかった。

実はミョンフンも苦しんでいた。ソウルの病院でスホを見て、調べたところ身寄りのない子どもらしかったので、とにかくチスクを救うために頼み込んで連れてきたのだが、ずっと手元において我が子として育てるつもりはなかった。チスクも落ち着けばあの少年が自分の息子でないことはわかるだろうし、氏素性のわからない子どもにいつまでも執着することはないと思っていた。ところが妻は実の息子が生きていた時と同様に連れて来た子どもを溺愛し、何から何まで世話を焼いていた。
ある日、ミョンフンはチスクと話し合った。自分がスホのことをどう考えているのか、そして最初の約束通り、そろそろ韓国に帰してやるべきだと考えていることも。ミョンフンは努めて穏やかに話したのだが、チスクは激昂した。
「何ですって?!あの子を韓国へ帰すですって?!あなたはまた私からチェハを取り上げるつもりなの?」
「チスク、落ち着きなさい。お前だってあの子が私たちの本当の息子でないことはわかってるだろう?私たちのチェハは死んだんだ。もういないんだよ。」
「だから私にはもうあの子しかいないんじゃありませんか。あの子がいなくなったら、私も生きてはいないわ。私はあの子を育てたいのよ。ちゃんと世話して教育も受けさせたいの。私たちのチェハを死なせたあなたに反対する資格はないはずよ。二度と私のチェハを取り上げないで!!」
ミョンフンは返す言葉がなかった。しかし、だからと言ってスホをこのまま我が子にする気にもなれなかった。スホは従順ではあったが、ミョンフンたちに心を開くことはなかった。何度かスホに生い立ちや両親のことを尋ねてみたが、スホはあまり自分のことは話したがらなかった。何とか聞き出せたのは、母親はいないこと、父親は決まった仕事を持たず、今もどこにいるかわからないこと、スホは小学二年で学校をやめ、ガムを売っていたこと、ウニョンとは父親の故郷で出会ったこと、父親のせいでウニョン母子にひどい迷惑をかけたので何としてもウニョンの命は助けたかったこと、ぐらいだった。この子を我が子として愛していけるかどうか、ミョンフンは自信が持てなかった。

その後もミョンフンはチスクと何度も話し合おうとしたが、チスクの返答はいつも同じで取りつく島もなかった。ミョンフンは決断を迫られた。スホもウニョンの消息をより一層気にかけるようになっており、言葉に出さなくても自分を見るスホの眼差しに、「ウニョンのこと、まだわからないんですか?」という思いをミョンフンは痛いほど感じていた。この頃にはミョンフンのもとにウニョンの手術が成功し、元気になって退院した、という知らせが届いていた。ミョンフンは考えた。チスクの気持ちを無視してスホを韓国に帰してしまえば、チスクはまた命を絶とうとするだろう。スホにウニョンが生きていることを知らせたら、この子は間違いなく韓国に帰ろうとするだろう。ミョンフンにはウニョンが元気になったことを知ったスホを自分たちの元に引きとめられるとは思えなかった。買い物に連れて行って、何でも欲しい物を買いなさい、と言っても、何一つ欲しがらない子だったからである。スホが唯一求めるもの、それはウニョンの消息だけだった。ミョンフンは家庭を失いたくなかった。そのためにはスホを手元に置くしかなかった。そしてそのためには、ウニョンの生存をスホに知らせてはならなかった。自分たちの家庭を守るために一人の少年を絶望のどん底に突き落とすことの罪深さにミョンフンは慄いた。しかし、そうしなければ妻は恐らく命を絶ってしまうのだ。妻を生かすため、この家庭を守るためだ。その代わり、スホにはできる限りのことをしてやろう。韓国に帰ってウニョンに会えたとしても、行方不明の父親に会えるかどうかはわからないし、まともな生活は望むべくもないだろうから。
そこまで決心しても、ミョンフンにはもう一つの悩みがあった。若くして命を落とした息子の身代わりを持つことへの申し訳なさであった。チスクの自殺未遂のため、息子チェハの死亡届は出されぬままだった。このままスホをチェハにしてしまうと、息子チェハの人生までもごまかしてしまうような気がした。せめて早すぎる死を悼み、きちんと弔ってやらなければ、と思ったが、チスクはそれすらも拒んだ。「私のチェハは、あの子だけよ。」もはやミョンフンにはどうすることもできなかった。選ぶ道はただ一つ。ミョンフンは深いため息をついた。季節はいつしか冬になっていた。

翌日、ミョンフンはスホを呼んだ。
「何ですか、お父さん?」
「うん、ソウルの病院から返事が届いたんだ。」
「え? ウニョンが、ウニョンのことがわかったの?ウニョンは?ウニョンは元気になったの?」
ミョンフンは大きく息を吸った。
「死んだ。ウニョンは死んだ。手術が失敗したんだ。」
「……。」
「昔のことは忘れろ。お前はもうユン・ジェハなんだ。」
スホの顔から見る見る血の気が引いていった。そして、何も言わずに部屋から飛び出して行った。
「チェハ!チェハ!」
チスクの呼ぶ声の向こう側で玄関のドアが閉まる音が聞こえた。

スホの目には何も見えなかった。ただ何かに突き動かされるように、ひた走った。走って走って、いつかスホは雪の中に倒れこんだ。
「ウニョンが、ウニョンが死ぬなんて…。」
スホの心は後悔で一杯だった。ウニョンの側を離れるんじゃなかった…。
「お兄ちゃん、手術の間、ずっと側にいてね。」そう言ったウニョンの顔が目の前に浮かんだ。あの時、自分は守れないとわかっていながら「うん」と約束し、ウニョンが眠ってからその腕にニコニコマークを描いて、彼女の病室を後にしたのだった。翌朝、やはりきちんと別れを告げたくて、タクシーを飛び降りてウニョンの病室に駆け戻ったがウニョンはもういなかった。たった一人でウニョンはどれほど心細かっただろう。手術の不安や心細さに怯え、約束を破った自分に腹を立て、恨んで死んでしまったんだ。自分がミョンフンたちについてきたのはウニョンに生きてほしいため、元気になってほしいためだったのに、結局自分は最後の最後までウニョンを苦しめ悲しませたんだ…。

どれほど時間が経っただろう。スホは後ろから誰かに抱き起こされた。ミョンフンだった。
「さあ、帰ろう。風邪を引くぞ。」ミョンフンの声は優しかった。
「……。」
「何も言わなくていいよ。お前がどんなに辛いかわかっているつもりだからね。」
「……。」
「いっそのこと、ずっと隠しておこうかとも思ったんだが、いつまでも隠せることではないから、きちんと話した方がいいと思ったんだ。どうだい、しばらくの間の約束で一緒に来てもらったんだが、このままずっと私たちのところにいては。息子を亡くした私たちと、親のないお前がこうして出会ったのも何かの縁じゃないかな。本当の息子だと思って私たちにできる限りのことはするつもりだから。それとも韓国に帰りたいかい?」
スホは黙って首を振った。自分を待つ人のいない韓国に帰りたいとは思わなかった。でも、自分がこれからどうすればいいのかわからなかった。スホは何も考えられず、雪の中に立ち尽くしていた。

その晩、スホはいつまでも寝付かれなかった。ウニョンとの思い出が次々と浮かんできた。ウニョンのお兄ちゃんとして、ずっとウニョンと一緒に生きていきたかったのに…。そのウニョンがいなくなったのなら、もう自分が生きている意味もない。それに、ウニョンをひとり寂しく死なせてしまった自分が、ここで何不自由なく生きていくなんて絶対に許せない…。「チェハになるしかない」、とスホは思った。スホには、もう生きる意味も資格もないんだ…。スホの目から、とめどなく涙が溢れた。

翌日からスホは死に物狂いでピアノの練習や勉強に打ち込むようになった。「チェハは神童って呼ばれるくらいピアノがうまかったんだ。英語も話せたし、勉強もできたんだ。もっともっと頑張らなきゃ。」チスクやミョンフンが心配してほどほどにするように言ってもスホは止めなかった。いや止められなかった。「チェハになるんだ。スホはもういない。」そんな彼の決意をミョンフンたちは知る由もなく、ただ心配しながら見守るだけだった。
チェハになる努力、それはすなわちスホを消す努力に他ならなかったが、それでも夜になるとスホは毎晩ベッドの中で涙を流した。父チョンテに何度も置き去りにされた彼は、自分がいなくなったと知った時のウニョンの気持ちがよくわかった。それだけに辛くて辛くてたまらなかった。生きてさえいてくれたら、いつか償うことができたかもしれないが、もうウニョンに会うことも謝ることもできなかった。「ウニョン、ごめんね。ごめんね…。」その思いがウニョンに届くことも、そして自分が許されることがないのもスホはわかっていたが、心の中でウニョンに呼びかけずにはいられなかった。

こうして2年の歳月が流れた。
( ↑ ということにして、そろそろフィリップにご登場いただいては? と私個人的には思っています。 By mkm)

テーマ:★韓流スター★ - ジャンル:アイドル・芸能

コメント

泣かせていただきました

本当にオリジナルの作品なんですか?と思えるほど「春のワルツ」のストーリーに深みを与えてくださる作品だと思います。
改訂前のものを読ませていただいたときも涙が溢れてしまいましたが、今回、第4話で韓国に向かう飛行機の中でチェハが回想するシーンでは、このmkmさまのストーリーが思い浮かび、BSで1回目に見たときとは違う想いになってしまい放送が終わってからも切なくて涙がとまりませんでした。
ウニョンへの深い愛情と罪悪感。自分の父親のせいであるのに・・・幼いスホにとって深すぎる傷ですよね。大人のエゴで振り回されてしまった人生!思わず抱きしめたくなってしまっている母親の私がいました。
続きも期待してよろしいのですか?素晴らしい指導者との出会い?クラスメートとの交流を拒絶した学校生活?ピアノコンクールでのライバル出現?(フィリップ登場?)屈折した愛情と知りながらもチスクのハグに心の置き場を感じスホからチェハに変わっていく過程?妄想が止まりません。
このストーリーはドラマになってほしいですね!ちょっと成長したジェントルマンのおちびのフィリップはきっと可愛いのでしょうね!!
mkmさま、素敵な作品ありがとうございました。

QOO-CHANさま、

ご丁寧な感想ありがとうございました。

この続き(ここからウニョンに再会するまでの14年間)は、手がかりが少ないため自分で考えないといけない部分が多すぎて、私一人ではとても書けそうにありません。皆さんからいろいろなアイデアを出していただいて、一緒に考えながら作っていけたら…、と考えていますが…。できるかなぁ?

Riebonさんともご相談したいと思っています。

うーん、なるほど。

そうだったのか…と、思わず思ってしまいました。
そうですね、そろそろフィリップ登場。そして、イナの手紙もそろそろですかね。
1通、また1通届く手紙に返事が出せないチェハ。
うーん、空白の15年。長い。頑張ってくださいね。

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こんにちは、ソ・ドヨンさんの応援ブログの管理人Riebonです。
ファミレスでドヨン王子についておしゃべりするように、お客様みなさまにお楽しみいただければ幸いです。ブログをファミレス、管理人の私はそのファミレスの店長と呼ばれています。

管理人へのご意見ご希望、またはご質問などがございましたら、下記アドレスまでメールを受け付けます。
lovedoyoung0414
@yahoo.co.jp

なお「SPRING WALTZ -ドラマで描かれなかった空白の15年」は、mkmさまのブログ「そよかぜおばさん」で引き続きご覧いただけます。
http://myhome.cururu.jp
/springstory/blog

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