2017-10

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「春のワルツ スホからチェハへ 空白の15年」原稿到着しました!

お待たせ致しました!
このブログを始めた最初の目的、「春のワルツ スホからチェハへ成長した空白の15年」の共同執筆の冒頭を担当していただいたmkmさまから本日、原稿が到着いたしました!

予想以上の大作です!

彼女のメールから執筆にあたっての苦労話をご紹介します。

やはりミョンフンとチスクには手こずりました。特にチスク。演じたクム・ボラさん自身がチスクには共感できないとおっしゃってましたので、思い切り非常識(?)な人間にしてしまいましたが、ここも皆さんのご意見を伺いたいと思います。もともとが、かなりありえない人物なので何とでもなると言ってしまえばそれまでですが…。

みなさま、この原稿をお読みになって、ご意見をお伺いしたいと思います。また、この企画にご賛同してくださった他のメンバーの方(takoさま、けっちゃんさま、ファインさま、まゆさま)以外にも、我こそは、この続きを担当したいという方がいらっしゃいましたら、コメント欄にお願いいたします。

それではmkmさまの大作をどうぞお楽しみください!
そして、ご意見、ご感想をコメント欄にお願いいたします。
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SPRING WALTZ
      -ドラマで描かれなかった空白の15年-


 スホはミョンフン、チスクと共にカナダの地に降り立った。空港内の案内表示にハングルなどあろうはずもなく、右も左もわからなかった。チスクがスホの手を片時も離さず、何かと世話を焼いてくれるので言われたとおりにしていればよいのだが、それでも青い目の入国審査官にじっと見つめられて、スホはすっかり怖気づいてしまった。
「さあ、チェハや。お家に帰りましょう」とタクシーに乗せられ街に入ると、そこは全くの別世界だった。看板や標識は全部横文字だし、街路樹も韓国では見たことのないものだった。空の色も違っていた。道行く人は西洋人に黒人ばかり。タクシーの運転手とミョンフンが話す言葉は、スホにはさっぱりわからなかった。何もかもが韓国とは違っていた。
 家に着いて荷物を降ろしていると、スホはいきなり誰かに抱きつかれた。それはスホと同じ年頃のカナダ人の男の子だったが、その子がニコニコしながら早口で話す言葉も全くわからず、返事もできず、スホはただ途方に暮れた。ミョンフンがその子に何か耳打ちしてくれて、男の子は「バイバイ!」と手を振って帰って行った。後で聞くと、その子はチェハと仲の良かった友だちということだったが、その時は知る由もなく、訳が分からず狐につままれた様な気持ちでスホは家の中へと入った。

 スホは生前のチェハが使っていた部屋を与えられた。ベッドに机、タンスに本棚が置いてあり、本棚には韓国語や英語の本が詰まっていた。一人になってスホはようやく一息つくことができたが、それでもまだ落ち着かなかった。その部屋はスホがそれまでに泊まったどんな部屋よりも広かったし、部屋の造りも韓国とは違っていた。ウニョンから途方もなく遠く離れてしまったのだとスホは思った。ウニョンの手術は無事に終わったのだろうか? ウニョンはもう目を覚ましたのだろうか? 手術に付き添ってやれなかったことを怒ってるんじゃないだろうか? スホはウニョンにもらった虹の貝殻をそっと取り出して胸に抱いた。これをくれた時のウニョンの笑顔やスホの腕にニコニコマークを描いて「私がちゃんとハンコを押したから、お兄ちゃんは一生私のお兄ちゃんだよ」と言った時のウニョンの顔が浮かんできた。「ウニョン、待ってて。僕はすぐに帰るから。だから必ず生きてて。」スホは祈るように呟いた。その時、「チェハや、ごはんよ。いらっしゃい。」とチスクが呼びに来た。スホは慌てて虹の貝殻を隠して、チスクに連れられ食堂に向かった。

 スホがミョンフン達と過ごすようになって一週間ほどが過ぎた。「チェハ」と呼ばれることも、ミョンフンとチスクを「お父さん、お母さん」と呼ぶこともしっくりこなかった。他人のお面を被って生活しているような奇妙な感覚をスホはずっと抱いていた。英語がまったくわからないので学校に行くことはできず、一日の大半をチスクと二人で過ごしていた。チスクはスホを自分の手の届く所に置いて世話を焼くのがうれしくてならないように、食べる物から着る物に細々と気を配り、早く学校に行けるようにと英語の特訓までしてくれた。
 
チスクが元気を取り戻したことに、ミョンフンはひとまず安堵していた。まだ多少やつれてはいたが、目には光が宿り、生き生きしていた。しかし、彼はチスクのように新しい息子に夢中になることはできなかった。スホを見るたびに亡くなった息子を思い出した。   彼らの一人息子はラフティング中の事故で亡くなった。息子をラフティングに誘ったのは彼自身だった。日頃からチスクが何から何まで息子の世話を焼き、自分の思い通りにさせていることが気になっていたが、ピアノだけでなく何かスポーツもさせてみては、と提案しても、「手にケガをするとピアノが弾けなくなるから」と、妻は頑として受け付けなかった。キャッチボールすら許されなかった。そんなある日、テレビで紹介されたラフティングにチェハが興味を示し、「やってみたい」と目を輝かせた。戸外で日の光を浴び、風に吹かれることも子どもには大切だから、いろんな体験をすることが人間の幅を広げるから、と渋るチスクを二人がかりで説き伏せて、ミョンフンとチェハは同じ船に乗って川を下ったのであった。初めての体験にチェハは大喜びだった。水しぶきを浴びてははしゃぎ声をあげ、船の予想外の動きに驚きながらもそのスリルを存分に味わい、「すごいね、お父さん。すごいね!!」と声をあげていたのだ。ところが…。突然、船が大きな岩にぶつかってバランスを崩し、乗っていた人は皆、川の中に投げ出された。そしてチェハは運悪く岩で頭を強打したのだ。ミョンフンも一度は水に沈んだが、岸から伸びていた枝につかまって助かった。しかし、チェハは病院に運ばれたものの、懸命の手当ての甲斐なく一度も意識を取り戻さずに亡くなってしまった。
どんなに悔やんでも悔やみきれるものではなかった。何故、自分ではなく歳若い息子を神は召されたのか。代われるものなら代わってやりたかった。自分も息子のそばに行きたかった。これまで親としての愛をすべて注いで育ててきた一人息子なのだ。いつも明るく優しい息子だった。心から愛しかわいがり、息子もまた父である自分を慕ってくれた。かけがえのない息子だった。でも自分が息子の後を追ってしまったら、妻も間違いなく生きてはいまい。実際、チェハが事故に遭ってからのチスクの取り乱し方は尋常ではなく、チェハが亡くなったその日にチェハの枕元で手首を切ったのである。発見が早かったので大事には至らなかったが、とても共にチェハの葬儀を行える状態ではなかった。まずはチスクの気持ちを落ち着け、チェハの死を受け入れられるようにしなくては。そう考えたミョンフンはチェハの死を伏せたまま密かに息子を荼毘に付し、職場には「意識を取り戻した息子の精神的ショックを癒すため一時帰国したい」と偽りの休暇願を出した。そして退院した妻と共に韓国に戻ったのだが、ソウルに着いたその日にチスクは再び手首を切った。妻を病院に運び込み、何とか一命をとりとめたものの、ミョンフンは身も心も疲れ果ててしまった。妻を立ち直らせることはできないのだろうか、という絶望感が彼を襲っていた。そんな時、死んだ息子に生き写しの少年が妻の病室に迷い込んできた。妻は息子が戻ってきたのだと信じ込み、その少年を離そうとしなかった。ミョンフンは「少しの間だけ」と約束し、その少年の望みを叶えてやって、自分の子どもとして連れ帰ったのだった。
「しばらくはチスクの好きなようにさせてやろう」とミョンフンは考えていた。しかし、元気を取り戻した妻の姿に安堵を覚えながらも、亡くした息子への申し訳なさが消える訳はなかった。それどころか実の息子のことを忘れたように、連れてきた子どもの世話を焼く妻を見ると、息子にすまないと思う気持ちは一層強くなった。目の前にいる子どもは顔かたちこそ我が子に生き写しだが、「お父さん!」と自分に飛びついてきた息子ではなかった。その日の出来事を楽しそうに報告してくれた息子ではなかった。チスクとは正反対に、ミョンフンはスホを見る度に、自分の子どもがもうこの世にはいないという事実を突きつけられ、胸をかきむしられるような痛みを覚えた。そして、その悲しみを妻と分かち合えないことが、ミョンフンの孤独を一層深いものとしていた。

そんなある日、ミョンフンは上司に呼ばれた。
「君、すまないがオーストリアに行ってくれないか」
「は? オーストリアですか?」
「ウィーンの大使館にいる君の同期の朴君が急病で緊急帰国することになって、人手が足りないんだ。経験や実績から考えると君しか適任者がいないんだよ。息子さんの事故からまだあまり日が経っていないし、また別の国にというのも大変なことだとは思うが、何とか考えてもらえないだろうか。」
「わかりました。帰って家内と相談してみます。」

形の上では返事は保留としたが、ミョンフンはこの話に飛びつきたい思いだった。オーストリアにチェハのことを知っている韓国人駐在員はいなかったので、“替え玉”が発覚する心配はなかった。近くに住む同僚に「最近、チェハ君のピアノが聞こえませんね」と言われ、「まだ事故のショックが残っているみたいで…」と話してはいたが、いつまでもごまかせるはずもなかった。チスクもこの転勤話に異存はなく、スホは2人に逆らえるはずもなく、オーストリア・ウィーンに引っ越すことになった。


ウィーンは歴史を感じさせる落ち着いた街だった。ウィーン郊外に住むことになったスホは晴れて学校に通い始めた。ドイツ語ができないだけでなく、基礎学力がほとんど身についていないので、勉強ではひどく苦労した。学校でチンプンカンプンの授業に耐えた後、家ではドイツ語、英語の個人レッスンの他、亡くなったチェハが使っていた教科書でチスクが各教科の基礎を教えてくれるので、スホは大忙しだった。しかし勉強することは面白かった。今まで知らなかったことを教わるのは、とても新鮮な喜びだった。元来スホは利口な子どもだったし、教わったことを乾いた大地が水を吸うように覚えていった。

忙しい一日が終わって、夜自分の部屋で一人になると、スホは毎晩虹の貝殻を取り出した。それは「チェハ」という偽りの仮面を脱ぎ捨て、本当の自分に戻れる貴重なひとときだった。「ウニョン、」とスホは虹の貝殻に向かって、その日の出来事を話し始めた。その日にあったこと、習ったこと、見たもの、スホにはウニョンに話したいことがたくさんあった。間違いなく自分は今外国にいて、ウニョンが今まで想像したこともないような経験をいっぱいしているのだ。ウニョンは今どうしているのだろう?手術が成功して、元気になったのだろうか…?
スホにとって、ウニョンは「かわいい妹分」というだけの存在ではなかった。ウニョンはスホのことを本当に必要としてくれたただ1人の人間だった。物心ついた時に母は既になく、父親は自分をかわいがってもくれたがいつ何時自分を置き去りにして姿をくらますかわからない、ほとんど頼りにならない男だった。友達もなく、父親すら信じられずにいたスホを、心から信じ慕ってくれたのがウニョンだった。小石を1つ積んで「お兄ちゃんがずっと家にいてくれますように」とウニョンが祈るのを聞いた時、スホは自分の耳が信じられなかった。海で溺れたふりをした自分を助けようとして倒れてしまったウニョンを見た時、スホは何があってもこの子だけは裏切れない、ずっとウニョンを守って生きるんだと心に決めた。ウニョンの明るい笑顔は暖かな春の日差しのようにスホの心を温め、幸せな気持ちにしてくれた。それはスホが生まれて初めて知った、生きている喜びであり安らぎだった。だからウニョンを助けたい一心で、スホはミョンフン夫妻について来たのだ。何よりウニョンに生きていてほしかったし、自分の父親のせいで手術代ばかりか命までなくしたウニョンの母に少しでも償うためには、他に方法がなかったのだ。
韓国を出てもう一ヶ月以上経つのに、ウニョンの消息がつかめないことにスホは苛立ちを覚えていた。一度思い切ってミョンフンに尋ねてみた時には、「そうだな、近いうちに問い合わせてみよう」と答えてくれたのだが、さっぱり返事が返ってこなかった。彼らの息子の役を演じるのはチスクが元気になるまで、という約束だったが、スホの目にはチスクはもう十分元気に見えた。病院にいた時のようなうつろな表情はすっかり消え失せ、毎日生き生きと家事や自分の世話をこなしていた。
「お父さん、もうお母さんは元気になったよね。僕、もうソウルに帰ってもいいでしょ?」と昨日も尋ねてみたが、
「いや、まだまだだよ。お前がいてくれるからお母さんは元気でいられるんだ。お母さんが本当に元気になるまでには、まだまだ時間がかかるんだよ。」
「まだまだって、あとどれくらいですか?」
「さあ…、半年か一年か。」そう言うとミョンフンは部屋から出て行った。
半年か一年…。スホは気が遠くなった。ウニョンは自分を待っていてくれるだろうか?自分を許してくれるだろうか。スホは深いため息をついた。そして、「ウニョン、ごめん。必ず帰るから待ってて。」と虹の貝殻に話しかけた。

ある日、チスクはスホをピアノの前に座らせた。「さあ、弾いてごらんなさい。あなたのピアノよ。久しぶりのお稽古ね。」そう言われても弾けるはずはなく、スホは手当たり次第に両手で鍵盤を叩くしかなかった。翌日からピアノの個人レッスンも始まった。「このおばさんの息子の役をするって、こんなことまでしないといけないの?」スホはいささかうんざりしたが、チスクに逆らうことはできなかった。「おばさんが早く元気になりますように。そして早く韓国に帰れますように。」そう祈るしかなかった。

自分でも意外だったが、何とか曲らしいものが弾けるようになった頃、スホはピアノを弾くことが好きになっていた。彼は演奏を通して自分の思いを表現することを知った。楽しい曲を弾くと、ウニョンと仲良く過ごした懐かしい日々を思い出して心が浮き立ち、悲しい曲を弾くと、ウニョンに会えない寂しさ、ウニョンのためとはいえ彼女を1人病院に残してきてしまったことへの申し訳なさを幾分でも癒すことができた。誰にも明かすことのできない心の奥の思いを吐き出す術をやっと見つけた気がした。
いつしかスホは勉強以上の時間をピアノの練習に割くようになったが、最低限度の勉強さえしておけばチスクは何も言わなかったし、かえってスホがピアノに熱中するのを喜んでいるようだった。
ある日、スホのピアノ教師がチスクに言った。「この子は技術的にはまだまだですが、何と言うか、この子のピアノには聞く人の心に訴える何かがあります。技術は練習次第で磨けますが、これは教えてできることではありません。習い始めが遅かったのは残念ですが、これからが楽しみですね。」チスクがこれを聞いて有頂天になったのは言うまでもなく、それ以来、家で有名なピアニストのCDをかけたり、スホを度々コンサートに連れてくれるようになった。我が子をピアニストに、というのがチスクの夢だった。一度は失ったと思ったその夢がもしかしたら叶うかもしれない。その思いがチスクに途方もないエネルギーを与えた。  


ウニョンが泣いている。青山島の丘の上で、沖へと出て行く船を見て泣いている。「ウニョン、僕はここだよ!」と大声で叫んでも、その声はウニョンには届かないようだった。スホは菜の花畑を突っ切って、ウニョンの所に行こうとしたが、丘に着いた時ウニョンの姿はもうそこにはなかった。「ウニョン、ウニョンどこにいるの?」スホはウニョンを探し回った。かくれんぼした菜の花畑、お祈りの石塚、ウニョンの家、海岸。いつの間にかスホはソウルの市場に来ていた。どの店を探してもウニョンは見つからなかった。最後にウニョンの病室に飛び込んだが、そこも空だった。「ウニョ-ン!!!」と叫んだ自分の声で、スホは目を覚ました。汗びっしょりだった。最近スホはよくこの夢を見た。夢の中でウニョンはいつも泣いていた。僕はここにいるよって知らせたいのに、そしてウニョンを笑わせたいのに、探しても探してもウニョンには会えなかった。
もう夏も終わろうとしていた。ミョンフンには再三ウニョンの消息を尋ねていたが、「手紙を出したが、まだ返事が来ない」の一点張りだった。
「じゃあ、もう一度出してください。手紙が届かなかったかもしれないでしょう?そうだ、返事が来ないんだったら電話は?病院に電話をかけたらわかるでしょう?」
「お前、そんなこと言ったって、時差があるから難しいんだよ。」
「お願いだから調べてください。ウニョンは元気になったんですか?お父さん、お願いですから」
スホは必死に頼み込んだ。病院の住所も電話番号もわからないスホはミョンフンに頼むしかなかった。

実はミョンフンも苦しんでいた。ソウルの病院でスホを見て、調べたところ身寄りのない子どもらしかったので、とにかくチスクを救うために頼み込んで連れてきたのだが、ずっと手元において我が子として育てるつもりはなかった。チスクも落ち着けばあの少年が自分の息子でないことはわかるだろうし、氏素性のわからない子どもにいつまでも執着することはないと思っていた。ところが妻は実の息子が生きていた時と同様に連れて来た子どもを溺愛し、何から何まで世話を焼いていた。
ある日、ミョンフンはチスクと話し合った。自分がスホのことをどう考えているのか、そして最初の約束通り、そろそろ韓国に帰してやるべきだと考えていることも。ミョンフンは努めて穏やかに話したのだが、チスクは激昂した。
「何ですって?!あの子を韓国へ帰すですって?!あなたはまた私からチェハを取り上げるつもりなの?」
「チスク、落ち着きなさい。お前だってあの子が私たちの本当の息子でないことはわかってるだろう?私たちのチェハは死んだんだ。もういないんだよ。」
「だから私にはもうあの子しかいないんじゃありませんか。あの子がいなくなったら、私も生きてはいないわ。私はあの子を育てたいのよ。ちゃんと世話して教育も受けさせたいの。私たちのチェハを死なせたあなたに反対する資格はないはずよ。2度と私のチェハを取り上げないで!!」
ミョンフンは返す言葉がなかった。しかし、だからと言ってスホをこのまま我が子にする気にもなれなかった。スホは従順ではあったが、ミョンフンたちに心を開くことはなかった。何度かスホに生い立ちや両親のことを尋ねてみたが、スホはあまり自分のことは話したがらなかった。何とか聞き出せたのは、母親はいないこと、父親は決まった仕事を持たず、今もどこにいるかわからないこと、スホは小学2年で学校をやめ、ガムを売っていたこと、ウニョンとは父親の故郷で出会ったこと、父親のせいでウニョン母子にひどい迷惑をかけたので何としてもウニョンの命は助けたかったこと、ぐらいだった。この子を我が子として愛していけるかどうか、ミョンフンは自信が持てなかった。

その後もミョンフンはチスクと何度も話し合おうとしたが、チスクの返答はいつも同じで取りつく島もなかった。ミョンフンは決断を迫られた。スホもウニョンの消息をより一層気にかけるようになっており、言葉に出さなくても自分を見るスホの眼差しに、「ウニョンのこと、まだわからないんですか?」という思いをミョンフンは痛いほど感じていた。この頃にはミョンフンのもとにウニョンの手術が成功し、元気になって退院した、という知らせが届いていた。ミョンフンは考えた。チスクの気持ちを無視してスホを韓国に帰してしまえば、チスクはまた命を絶とうとするだろう。スホにウニョンが生きていることを知らせたら、この子は間違いなく韓国に帰ろうとするだろう。ミョンフンにはウニョンが元気になったことを知ったスホを自分たちの元に引きとめられるとは思えなかった。買い物に連れて行って、何でも欲しい物を買いなさい、と言っても、何一つ欲しがらない子だったからである。スホが唯一求めるもの、それはウニョンの消息だけだった。ミョンフンは妻を失いたくなかった。チスクと家族であり続けるためには、スホを手元に置くしかなかった。そしてそのためには、ウニョンの生存をスホに知らせてはならなかった。自分たちの家庭を守るために一人の少年を絶望のどん底に突き落とすことの罪深さにミョンフンは慄いた。しかし、そうしなければ妻は恐らく命を絶ってしまうのだ。妻を生かすため、この家庭を守るためだ。その代わり、スホにはできる限りのことをしてやろう。韓国に帰ってウニョンに会えたとしても、行方不明の父親に会えるかどうかはわからないし、まともな生活は望むべくもないだろうから。
そこまで決心しても、ミョンフンにはもう一つの悩みがあった。若くして命を落とした息子の身代わりを持つことへの申し訳なさであった。チスクの自殺未遂のため、息子チェハの死亡届は出されぬままだった。このままスホをチェハにしてしまうと、息子チェハの人生までもごまかしてしまうような気がした。せめて早すぎる死を悼み、きちんと弔ってやらなければ、と思ったが、チスクはそれすらも拒んだ。「私のチェハは、あの子だけよ」もはやミョンフンにはどうすることもできなかった。選ぶ道はただ一つ。ミョンフンは深いため息をついた。季節はいつしか冬になっていた。

翌日、ミョンフンはスホを呼んだ。
「何ですか、お父さん?」
「うん、ソウルの病院から返事が届いたんだ。」
「え? ウニョンが、ウニョンのことがわかったの?ウニョンは?ウニョンは元気になったの?」
ミョンフンは大きく息を吸った。
「ウニョンは死んだ。手術が失敗したんだ。」
「……。」
「昔のことは忘れろ。お前はもうユン・ジェハなんだ。」
スホの顔から見る見る血の気が引いていった。そして、何も言わずに部屋から飛び出して行った。
「チェハ!チェハ!」
チスクの呼ぶ声の向こう側で玄関のドアが叩きつけられるように閉まる音が聞こえた。

スホの目には何も見えなかった。ただ何かに突き動かされるように、ひた走った。走って走って、いつかスホは雪の中に倒れこんだ。
「ウニョンが、ウニョンが死ぬなんて…。」
スホの心は後悔で一杯だった。ウニョンの側を離れるんじゃなかった。
「お兄ちゃん、手術の間、ずっと側にいてね。」そう言ったウニョンの顔が目の前に浮かんだ。あの時、自分は守れないとわかっていながら「うん」と約束し、ウニョンが眠ってからその腕にニコニコマークを描いて、彼女の病室を後にしたのだった。翌朝、やはりきちんと別れを告げたくて、タクシーを飛び降りてウニョンの病室に駆け戻ったがウニョンはもういなかった。たった一人でウニョンはどれほど心細かっただろう。手術の不安や心細さに怯え、約束を破った自分に腹を立て、恨んで死んでしまったんだ。自分がミョンフンたちについてきたのはウニョンに生きてほしいため、元気になってほしいためだったのに、結局自分は最後の最後までウニョンを苦しめ悲しませたんだ…。

どれほど時間が経っただろう。スホは後ろから誰かに抱き起こされた。ミョンフンだった。
「さあ、帰ろう。風邪を引くぞ。」
「……。」
「何も言わなくていいよ。お前がどんなに辛いかわかっているつもりだからね。」
「……。」
「いっそのこと、ずっと隠しておこうかとも思ったんだが、いつまでも隠せることではないから、きちんと話した方がいいと思ったんだ。どうだい、しばらくの間の約束で一緒に来てもらったんだが、このままずっと私たちのところにいては。息子を亡くした私たちと、親のないお前がこうして出会ったのも何かの縁じゃないかな。本当の息子だと思って私たちにできる限りのことはするつもりだから。それとも韓国に帰りたいかい?」
スホは黙って首を振った。自分を待つ人のいない韓国に戻るつもりはなかった。自分に生きる喜び、幸せを教えてくれたウニョンはもういない。誰よりも大切に思っていたウニョン、自分に生きる力を与えてくれたウニョンをひとり寂しく死なせてしまった以上、自分も生きていてはいけないとスホは思った。スホがこのおじさんたちの子どもになって幸せに暮らすなんて、許されない。僕も死ぬんだ、ウニョンと一緒に。これから生きていくのはおじさんたちのチェハだ。スホはまだ混乱している心の中で思った。そして、ミョンフンについて家に入った。そしてその時ミョンフンもまた、亡き息子の面影を心の中から追い払おうとしていた。

コメント

少し気になる

まだ何行も読んでいないのですが、気になった箇所が有りますので取り急ぎ連絡します。
7行目、道行く人は西洋人に黒人ばかり は人種差別かな?
     道行く人は外国人ばかり     ではどうでしょう?
後はこれから夕食後、ゆっくり読みますね。

読者第1号!

まゆさま! 早速のご意見、ありがとうございました!

そうそう、そんな感じで、いろいろ気が付いたことをコメント欄に残してください。
よろしくお願いいたします!

よろしくお願いします。

やっとここに遊びに来ることができました。
ずっと提出期限を過ぎた宿題を抱えた学生の気分で、読ませていただくばかりでなかなか書き込めなかったんです。

で、ご挨拶にと思ってやってきたら、何ともうアップしていただいのですね?! Riebonさん、はや-い!!

まゆさま、早速のご指摘ありがとうございます。私も書きながら気にはなったのですが、「外国人」よりは具体的に書いた方が、チビスホの戸惑いがよりリアルに伝わるかな、と思ってあえてあのように書いたんです。私はカナダには行ったことがありませんので、どんな人々が住んでいるのかわかりません。英国ロンドンであれば、ターバン巻いたインド人、イスラム系の人々、ユダヤの人々、我々アジア人、ブラックの人々と本当に見事なくらいあらゆる人種が住んでいるのを自分の経験から書けるんですが…。それで、もしカナダにいらしたことのある方がいらっしゃれば教えていただきたいな、と思っています。韓国・ソウルにもいろんな国の人がいることと思いますが、欧米に比べると少ないはずなので、チビ・スホはきっとびっくりしただろうな、ということが書きたかったのです。

他にもいろいろお気づきのことが出てくると思いますので、どんどんご指摘くださいね。よろしく!!

せっかちでごめんなさい!

mkmさま、とにかく早くみなさまに読んでいただきたくて、先走ってしまいました。
ごめんなさいね。

まゆさまのご指摘ですけど、そうですねぇ、私が子どもの頃、初めて黒人を見た時、
やっぱりびっくりしちゃいました。白人もしかりです。黄色人種以外の人を見た時の驚きを表現なさりたかったのですよね。

だから、白人、黒人、韓国語を話さない黄色人種・・・という感じではいかがですか?
カナダには大変多くの中国人が移住していますから。

また、ウニョンは退院後、いったん青山島のポンヒおばさんとミジョンの親子に引き取られるんでしたっけ? そのウニョンをチョンテが「スホに会わせてやる」と嘘をついて連れ出し、旅館に売り飛ばしてしまうのですよね。その後どういう経緯かはわかりませんが、なんとかヤンスンに引き取られて無事に成長していくのですから、この一時的な行方不明時代にミョンフンがウニョンを追跡調査して、それで行方不明なら死んだことにしてもいいかと、スホに嘘をついたのかもしれません。

実は。。。

実は私、カナダのトロントに半年だけ住んでいた事があります。
チェハのお父さんは外交官で、大使館勤めならオタワに住んでいたのでしょうか?領事館なら他の州も考えられますが。。。
私はオタワには行った事無いんですが、トロントならアジア系の移民がとっても多いです。中国人を始め日系、ベトナム系、韓国系、インド系と、mkmさんのいらっしゃったロンドンと変わらないかも。つい最近アフリカから移民して来たっていう人も珍しくありませんでしたよ。

でも、まるで小説を読んでいるかのように引き込まれて行きました。
素晴らしい!なんかずっと続きを読みたい感じです。

mkmさん、お疲れさまでした。そして有り難う・・・。
私、読み始めから涙がとまらなくって。。。スホの生きてきた辛さとか思ったら・・・
胸がいっぱいで・・・。
彼は身体は離れてても心は何時もウニョンと一緒だったんでしょうね。贅沢させてもらっても、大切にされてもやはり幸せは感じらなかったでしょうね。
ゆっくりと気を落ちつかせ読みたいです。

すごいです~

mkmさま
すごすぎる~!!! とってもとっても面白いですよ
私もつづきが楽しみです
チスクのセリフのひとつひとつ クムボラさんの声が聞こえてきます
ドラマの中ではミョンフン氏が悪い! って思ってましたが
そうでしたか・・ そういうわけで そういうことになったのね うんうん
ミョンフン氏がお気の毒に思えてきました・・
誰も悪くないんですよね 運命だったんだ
そうよ ミョンフン氏が そうやってくれてなければ
私たちのチェハは 出来上がらないのですものね
ありがとう ミョンフン氏!

ってなんだかとっても変な感想でごめんなさい
つづき が とっても楽しみです~
まるで翌週が我慢できなかった あの頃のような 気持ちです
ありがとうございます mkmさま♪

読めば読むほど・・・

mkmさま 本当に細部までよくできています。感動力作です。

スホにとってウニョンがどんなにかけがえの無い存在だったか、ウニョンを探し回っても見つけ出せない悪夢、ウニョンの消息を何度もミョンフンに尋ねる必死なスホ、ウニョンが死んだと聞かされて、イ・スホを自ら死なせたスホの気持ち・・・読めば読むほど涙がとまりません。

このストーリーを読んでから第1話を見ると、夜ひとりで本棚に隠してある貝殻細工を取り出して眺めるチェハの気持ちが、たまりません。

このストーリーを読んでから、コンサートのアンコールで「クレメンタイン」を弾くチェハを見て! 「クレメンタイン」の切ないピアノを聴いて! 胸に痛いほど迫ってきます。

mkmさま、このストーリーのお陰で、第2,3話に対する私の気持ちが変わりました。もう、決して我慢して見るなんて言いません。

この感動力作を、より多くの人に読んでいただきたいです。

ありがとうございました

フィービーさま、教えていただいてありがとうございました。それだけいろんな人たちがいるなら、例の所はやっぱりシンプルに「外国人」にしておきましょう。
「外国人」というのも実は厄介な言葉で、見た目をいうのか、国籍をいうのかで違ってきます。難しいですね。

それから、まだどなたからもご指摘を受けてないのですが、書きながら自分で気になった表現がありますので、それも訂正しておきます。
「氏素性のわからない子ども」→「どこの誰がわからない子ども」

よろしくお願いします。

ん?

mkmさま 「氏素性」という言葉が差別表現になるという意味でしょうか?

「氏素性のわからない子ども」の方が、スホの場合しっくりくる感じがします。だって、あのチョンテ、いかにもいかがわしい男として描かれていたではありませんか? 息子を学校に行かせることもなく、ガム売りをさせていたんですよ。(本当にスホもカングもかわいそう。まったく腹が立ちます。)外交官のミョンフンにとっては、「氏素性のわからない」という表現が合っているような気がします。

でも、このmkmさまのストーリーは、どこを読んでも非の打ち所がないほど完成度が高いです。次のストーリーのお話し合いをみなさんで進めていきたいような気がします。いかがでしょうか?

大丈夫でしょうか?

私の取り越し苦労なら良かったのです。
ただ、本当に言葉って難しいし怖いので、少し神経質になっていたかもしれませんね。どなたも気になさってないのなら、そのままにしておきますね。

素晴しい!!

mkmさま
いままで、もやもやしてた空白の年月・・・なんと見事に埋めてくださって。本当に納得のいく経過になっています。すごい文才!!わたしなんかが書いたら、2行でおわってしまそう。皆様、ユン監督に送ってあげたいくらいだと、思いませんか?
監督、次回作の脚本はmkmさまを是非起用してください。ヒット間違いなし。春のワルツってちょっとつじつまが合わないところがありましたよね。mkmさまなら大丈夫ですよ。今後の展開も楽しみにしています。

そうでしょう?素晴らしいでしょう?

た~たんさま、mkmさまのこの物語、本当に素晴らしいですよね。
これを読めば、子ども時代の2,3話の面白さがぐんと増しますよね。
これを韓国語にきちんと翻訳して、ユンスカラーにお送りしましょうか?

すばらしいですっ!

mkmさん Riebonさん こんばんは お久しぶりです

 空白の時を埋めてくださってありがとうございます。
 本編でミョンフン、チスク、チェハの3人がそろった時に感じるぎこちなさ感がこの物語を読むことで理解でき納得できストンと胸の中におちて行く感じです。
 それぞれがそれぞれの事情を抱えながら、それぞれに苦悩し生きてきた15年を容易に想像することができました。
 下調べとか、本編との整合性の検証とかに膨大な時間を割かれたのではないでしょうかv-350
 感服、感嘆、感動 この言葉を執筆者のmkmさんと「ブログは・・」と表明してたのに、こんなに素敵なブログを立ち上げ、物語を掲載するとこまで成し遂げたRiebonさんへ贈ります。
 
 ドヨンオッパも無事来日 楽しいドヨンくんの時間の始まりです!

harumama さま、お久しぶりです!

拙い物語を楽しんでいただけたようで、うれしいです。

書き始めるまで、あんなストーリーになるとは私自身思っていませんでしたので(無責任なようですが、書いているうちにああなってしまったんで…)、ミョンフン氏のキャラクターについては皆さんからもっと疑問の声が上がるかと思っていたのですが、意外に受け入れていただいたようでホッとしてます。

何とかあそこまで書き上げられたのは、まずharumamaさまのブログでたくさんのトヨン君ファンの皆さまに出会えて、私の分からないことを教えていただけて、Riebonさんに何度も叱咤激励していただいたお陰です。読み返すと書き直したくなる箇所が所々見つかりますが、素人の作品ですから「ま、いいか?」と開き直っています。

トヨン君も無事到着されて、また楽しいお話を伺えるのを楽しみにしています。

mkmさまへ

本当にご苦労さまでした。がんばって書いてくださったのですね。こちらのブログの存在に気がつかなくて感想おそくなりました。

見事です!!スホ、チスク、ミョンフンのそれぞれの思いが見事に描かれています。子供のスホのウニョンへの思い・・・淡い恋というよりはじめて自分を必要としてくれ、人としての喜びを教えてくた人。この思いが自分を捨ててもウニョンを助けたい、大人になってもウニョンを忘れられないスホの原点なんですね。ここのスホの気持ちの描き方が深い!ミョンフンのチスクのように無条件でスホを受け入れられない複雑な思いもよく伝わってきました。

しかもmkmさん、「春のワルツ」細部までよくご覧になっていますね。大人編になってからも断片的に出てくる子供時代のシーンの数々。韓国を旅立つ日、ウニョンに一目会いたくてタクシーを飛び降り走るスホ、チスクにはじめてピアノを弾くように言われてメチャメチャにピアノをたたくスホ。物語に無理なくはいってますね。

私はここまで読ませていただいてとっても共感できました。mkmさんの人間の心の描き方が本当にするどく、深い!この続きどうですか?ここからチェハとしてどう生きていったのか、フィリップとの関係はどのようなものだったか?続きが読みたい・・・プレッシャーかけてますか?

ファインさま、改訂版が出ました!

早速お読みくださり、ありがとうございました。

当初は共同執筆を予定しておりましたが、mkmさまの出来が素晴らしく、このまま時間がかかってもmkmさまに続投していただきたいと思っているのですが・・・。

続きが読みたいですよねぇ。私も読みたいんです。

ファインさま、

ご丁寧な感想ありがとうございました。

この続き、私自身とても興味がありますし、チェハがどんな生活を送ってピアニストになっていったか、またチェハとしてのアイデンティティーを確立していったか明らかにできたらとは思うのですが、ここから先は14年ほどありますので私一人では荷が重過ぎます。皆さんに一緒に考えたりアイデアを出していただいたりしたら、もしかしたらできるかも…とは思いますが、自信は全くないという状態でして…。

またRiebonさんとも相談したいと思っています。

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こんにちは、ソ・ドヨンさんの応援ブログの管理人Riebonです。
ファミレスでドヨン王子についておしゃべりするように、お客様みなさまにお楽しみいただければ幸いです。ブログをファミレス、管理人の私はそのファミレスの店長と呼ばれています。

管理人へのご意見ご希望、またはご質問などがございましたら、下記アドレスまでメールを受け付けます。
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なお「SPRING WALTZ -ドラマで描かれなかった空白の15年」は、mkmさまのブログ「そよかぜおばさん」で引き続きご覧いただけます。
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